五月みどり オフィシャルサイト
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50周年記念CDについてはこちら
昭和30年ニッポン放送の「ものまねのど自慢」で優勝。審査員を務めていた宮城秀雄(宮城まり子の弟)に才能を認められ、同年5月、五月みどりの芸名をもらって初ステージを踏む。昭和33年11月コロムビアレコードより「お座敷ロック」で歌手デビュー。昭和36年2月「おひまなら来てね」発売。大ヒットとなる。翌年2月「忙しくても来てね」発売、以後「明日も来てね」「一週間に十日来い」など〔来てねシリーズ〕をヒットさせる。37年、38年、39年とNHK紅白歌合戦に連続出場。38年6月浅草国際劇場、大阪劇場でそれぞれ一週間のワンマンショーを開き、ともに連日超満員の大盛況。同年10月クラウンレコードへ移籍。昭和39年1月「温泉芸者」発売。以後「熱海で逢ってね」などの〔芸者シリーズ〕をヒットさせる。
その後ロサンゼルスのハリウッドに居を構えアメリカと日本を往復しながら活動。その間、歌手としては異例のヌード写真集を発売し衝撃を与える。東映、日活など話題の映画に主演。昭和57年3月ポリドールレコードより「熟女B」を発売。熟女ブームで世を席捲する。女優としても倉本聰脚本「昨日、悲別で」NHKドラマ「大阪暮色」などでシリアスな演技を披露し、映画にも松竹「寅さんシリーズ」「釣りバカ日誌シリーズ」など多数出演する。テレビでは数多くのバラエティー番組にレギュラー出演(日本テレビ系「おもいっきりテレビ」「伊東家の食卓」など10年に及ぶ長寿番組等々)、その他、情報番組のコメンテイターとしても活躍。ラジオでは、現在「大沢悠里のゆうゆうワイド」(水曜レギュラー)を担当。芸能活動の傍ら、平成元年秋、「二科展」に初出品初入選する(作品名:赤いストール)。
同2年夏、毎日書道展に入選。同年秋、2年連続「二科展」に入選する。その後、多彩な才能の一環として、きものデザイナーとしてデビューして以来、15年に至り現在も好評を博し、継続中である。昨年、歌手デビュー50年の功績を称して日本レコード大賞”功労賞”を受賞する。平成20年春、50周年記念曲「冬の月」をリリース。歌手・女優・画家・着物デザイナーと、まさにスーパーマルチなアーティストとして活躍中である。 
  
 
 
     
 
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